
生成AIを使えば、メールやチャットの文章を読みやすく整えられます。文章作成に苦手意識がある人にとっても、便利な支援機能です。
しかし、本人の意図やそれまでの経緯を確認せず、投稿した文章を削除させ、指定したプロンプトを必ず通すよう命じることは、本当にAI活用といえるのでしょうか。
目次
「その文章を消してください」
あるプロジェクトで、お客様から次のような連絡が届きました。
●●の件、こちらで対応します。
これは、担当者が以前からお客様に確認していた件への返事でした。何度も話し合ってきた内容だったため、担当者は次のように返信しました。
承知いたしました。ご対応よろしくお願いいたします。
ご不明な点がございましたらご連絡ください。
すると、その後、上司から担当者へ個別に連絡がありました。
今の文章は消してください。
あなたの表現はぶっきらぼうで、そこがお客様を不快にさせています。
さらに上司は、次のように指示しました。
私が用意したプロンプトを使ってください。
今後は必ずAIに文章を直させてから送るようにしてください。
本当に問題のある文章だったのか
担当者の返信は簡潔ですが、一般的な業務連絡として成立しています。
もちろん、お客様との関係やそれまでの経緯によっては、もう少し丁寧な説明を加えた方がよい場合もあります。
しかし、上司は次の点を確認していませんでした。
- お客様が実際に不快感を示したのか
- 担当者とお客様の間で、これまでどのような話し合いがあったのか
事実を確認せず、チャットに書かれた短い文章だけで相手の性格やコミュニケーション能力まで判断するのは危険です。
AIを使って、部下へのレッテルを正当化していないか
上司が用意したプロンプトには、次のような記述が含まれていました。
#私の役割
私はプロジェクトの担当者ですが、ぶっきらぼうで冷たいと言われることがあるので、表現を改善してください。
このプロンプトでは、担当者が「ぶっきらぼうで冷たい人」であることが、最初から事実として設定されています。
AIは、与えられた前提に沿って回答します。
「この人はぶっきらぼうで冷たい」という前提を与えれば、AIはその人物評価を疑わず、文章の問題点や改善案を提示します。
つまり、AIが担当者を「ぶっきらぼうで冷たい」と判断したのではありません。上司が入力した評価を、AIが前提として扱っただけです。
それにもかかわらず、AIから返ってきた回答を根拠にすれば、上司自身の思い込みが、客観的な評価であるかのように見えてしまいます。
生成AIの回答を、自分が部下に貼ったレッテルの裏付けにしてはいないでしょうか。
AIを通すことが目的になっていないか
AIに文章を整えてもらうこと自体は問題ではありません。
しかし、すべての文章を必ずAIに通すというルールには注意が必要です。
AIは、文章を丁寧に見せるために、必要以上に長くしたり、実際には確認していない気持ちや意図を付け加えたりすることがあります。
元の文章より柔らかくなっても、業務上の意味が曖昧になることもあります。
また、AIが作った文章が、その人とお客様との関係性に合っているとは限りません。
長く関わってきた相手だからこそ伝わる言葉や、これまでのやり取りを踏まえた表現もあります。
大切なのは「AIを通したか」ではなく、「相手に必要なことが正確に伝わるか」です。
改善と統制の違い
コミュニケーション改善では、本人に考える余地があります。
なぜ変更するのかが説明され、相手との関係や場面に応じて、本人が表現を選べます。
一方で、次のような状態になれば、AIは支援ツールではなく、部下の言葉を管理する道具になります。
- 自分の言葉で送ることを認めない
- 指定したプロンプトの使用を強制する
- 問題の根拠を説明しない
- AIが書き換えた文章だけを正解とする
- 本人が意見を述べる前に表現を統制する
- AIへ与えた人物評価を、客観的な事実として扱う
コミュニケーションを改善することと、相手の言葉を統制することは同じではありません。
AIは本人の言葉を奪うためのものではない
文章に改善が必要なら、まず本人に理由を伝え、一緒に考えることが必要です。
AIが提案した文章も、本人が内容を理解し、納得したうえで使うべきです。
また、AIへ相談するときには、自分が与えた前提によって回答が変わることも理解しなければなりません。
生成AIは、人の言葉を奪うためのものではありません。
伝えたいことを整理し、その人自身の言葉が相手へ届くように支援するものです。
あなたの職場では、AIがコミュニケーションを助けていますか。
それとも、誰かの言葉や人物評価を管理するために使われていませんか。
